3・11東日本大震災から15年—なぜ日本の原発はなくならないか

年に一度認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちねで開催される活動報告会に参加し、今中哲二さんのお話を聞きました。冒頭に2019~2025年までの7年間たらちねからの受託を受けて福島県産を中心にした農産物のサンプルのセシウム137をはかってきた結果についての報告があり、キノコ類を除いて普通の食生活であれば、気にするほどの内部被ばくはないだろうということでした。

原子力の歴史を振り返りながら、なぜ日本の原発がなくならないかを考える

2021年第6次エネルギー基本計画「原発依存度をできる限り低減する」から2025年第7次エネルギー基本計画「原子力を最大限活用する」へ 少しずつ減らして「最後はなくす」方針がいつのまにか積極的推進に変っている。

原子力利用のはじまりは

そもそも原水爆にある。1939年ドイツでウランが核分裂を起こすことを発見。ウランには238と235があり、235は核分裂を起こしやすく、自然界には0.7%しか存在しない。ウラン235の核分裂が連鎖反応を起こし、原子爆弾をつくれることが実証された。1942年7月原子爆弾製造開発をすすめるマンハッタン計画(オッペンハイマー)が始まり、12月世界最初の原子炉をシカゴにつくる。日本による真珠湾攻撃。ウラン238から239ができ、プルトニウムができる。フェルミによる原子炉が完成(プルトリウムの製造が可能に)。45年7月トリニティ実験(プルトニウム)。1945年8月広島原爆投下(ウラン型)、長崎原爆投下(プルトリウム型)

原子力の平和利用

第2次世界大戦後、1953年12月アイゼンハワー大統領が原子力の平和利用を国連で演説する。1954年3月原子力関係予算(2億3500万円)を補正予算でつける(中曽根康弘を中心とする超党派による)=政治主導。1954年11月日米原子力協定(濃縮ウランの貸与)1955年12月原子力基本法成立(民主・自主・公開の原則=原子力平和利用三原則)1956年原子力委員会発足、委員長は正力松太郎。1957年8月日本最初の原子炉JRR-1(50㎾)臨界へ。

原子力発電の始まり

1963年10月 日本初の原子力発電。1966年7月 日本原電・東海第1号機、1970年3月日本原電 敦賀1号機、1970年11月関西電力 美浜1号機、営業運転開始。今中哲二さんは1969年4月 大阪大学工学部原子力工学科に入学。大学の講義は

◆原発は“ファイルセーフ”“フールプルーフ”の考え方で設計されており事故は起きない

◆軽水炉は、つなぎのタイプの原発で、20世紀末にはすべての高速増殖炉に置き換わる、21世紀半ばには核融合発電が実現する

1972年6月原子力委員会 第4次原子力開発利用長期計画策定

・原子力発電規模拡大路線へ/新型転換炉と高速増殖炉の実用化/核燃料サイクルの確立(ウラン資源の海外との長期契約・開発輸入、ウラン濃縮の一部国産化、再処理工場建設)※核燃料サイクルの要は使用済み燃料からプルトニウムを取り出す「再処理工場」とプルトニウムを燃やした以上に生み出す「高速増殖炉」にある。

だれが日本の原子力を進めているのか

原子力利用の推進は民間利用もあり、原発の利用料は総括原価方式で電気代に乗せられている。さらに電源3法+立地自治体への原発推進交付金がばらまかれている。これら国策・民営の成果だったのではないか。日本の中枢にある特権と利権の共同体、いわゆる原子力ムラにある。福島原発事後以前の原子力予算は一般会計:6兆2千億円、特別会計:7兆4千億円だった。

しかし、日本の核燃料サイクルの現状はほとんど破綻している。2016年に高速増殖炉もんじゅの廃炉が決定になったが、1995年のナトリウム火災事故のときに立ち止まって考えなおすべきだった。2012年6月原子力基本法の改定が行われ、安全保障を目的にすることが加えられ、軍事利用が懸念される。2025年官邸で日本も核保有すべきといった話がされた。

日本の原子力開発の不良債権・不良資産

福島原発事故の後始末—イチエフの廃炉は100年経っても終わらない

使用済み核燃料(約2万トン)の行き先が不確か

高レベル廃棄物ガラス固体化の処分場が決まらない

使いようのないプルトニウム(約50万トン)の蓄積

現存原発の廃炉に伴う放射性廃棄物の行方

売り上げゼロでも黒字の日本原電/一見健全経営の東電HD/30年かかっても完成しない六ケ所再処理工場を運営する日本原燃/原発を止めると関電も債務超過?

なぜ私は原発に反対なのか

これから人口が減少する日本で事故が起きたら、周辺30㎞で人が住めなくなるようなものまで使って電気をつくる必要があるのか?電力需要は安定し発電能力は余っている。原発の抱える「事故の危険性」と「放射性廃棄物の厄介さ」を考えると、私たちの社会はエネルギー源として原子力を利用すべきではない。原発を止めるには政治的判断が必要。

東日本大震災から15年が経ちましたが、約2万6千人の避難者はいまだに故郷に帰ることができません。現在日本では15基の原発が再稼働しています。福島原発事故のまえにもスリーマイル島原発事故(1979年)チェルノブイリ原発事故(1986年)東海村JCO臨界事故(1999年)が起こっていました。2011年の福島原発事故により安全神話が崩れその危険性を思い知らされたにもかかわらず、今では事故を忘れてしまったかのように再稼働に舵を切っています。フクイチでは1日5,000人もの人たちが廃炉作業に従事しています。さまざまな問題を抱える原発にNO!と声を上げ続けていく必要があります。