こどもがこどもでいられる街へ―ヤングケアラーの実態と私たちにできること
ヤングケアラーとお手伝いの違い、具体的にどこがどう違うのかを知りたくて、先日行われた「ヤングケアラー支援に関する講演会」に参加しました。講師は社会福祉法人新栄会の平山倫子さん。実際に子どもたちに関わっている平山さんから「幼少期の育ち方が後々に大きく影響がでる」と話がはじまりました。
日本でも子どもを戦前は農家では働き手、国も労働力と捉えてきた経過があります。しかし、今は「家族の介護やその他日常生活上の世話を過度に行っている子どもや若者」を支援することが自治体や私たち大人の役割になりました。(「子ども・若者育成支援推進法」に明記)
お手伝いとどこが違うのか―「やーめた」と言えるかどうか、過度な責任を伴うかどうか
◆身体的負担 ・車いすからベッドへの介助→子どもの体に負担がかかる
・夜間の排泄介助→睡眠不足、昼夜逆転(学校で眠い…
◆精神的な負担 ・親の死にたい気持ちを受け止める、自傷行為、OD(オーバードーズ)を止める
これは大人でも受け止められないのでは
◆時間的な負担 ・家事やきょうだいの世話や介護に時間を取られ、勉強や遊び、子どもとして過ごせる時間が少ない
ヤングケアラーの子どもは
大人と同じように介護や家事ができることによって、周りの子どもたちが「子ども」に見える、他の子どもたちから仲間外れにされる、家には役割があり必要とされているが、学校には居場所がないため不登校へ、ヤングケアラーの子どもが孤立、孤独に陥っていく。
オトナになってから—ヤングケアラーの影響ではと思われるオトナが見受けられる
◆育つうえで大切な経験の欠如 オトナになってからのメニューに芋ほりを入れるなど
◆バーンアウト 小さいころから疲れている。子どもの時にエネルギーを蓄えることができなかったため。
◆就職の制限 きょうだいや親の面倒のために近場や非正規を選択する大学生が増えている
➡子ども時代の経験がないことは大人になってから埋められないと聞いていたが、就職のときさえ、きょうだいや親のことを考えて自ら選択肢を狭めている現状には驚きました。
ヤングケアラーへの支援
◆気づける立場にある人(学校、病院のスタッフ、介護ヘルパー)が「気づく」ことが大事
◆つなぐ 簡単ではないが、信頼できるオトナにはなれる。「ヤングケアラー」と名付けることは救いでもあり、ネガティブな面もある。一生懸命にその環境で生きてきた子どもの頑張りを否定されるといったデリケートな部分も持ち合わせる。家族を責めない、役割をもぎ取らない、支援者があせらない。信頼関係を結ぶ上で子どもの大事にしているものを否定しない。子ども自身の意志を大切にして、荷物(役割、責任)を下ろせるように待つ。
◆支援 家族に必要な支援をいろいろな機関で支援する。みんな(地域)で支える。
◆見守る 子どもの置かれている環境が変わったか、見守る。個人主義がすすんでいるため、支援はいらないと言われることもあるが、ゆるくみんなで支える状態が子どもたちの安全基地になる。
わたしたちにできることは?
行政につなぐことも大事だが、少しだけアンテナをはって子どもたちを「気にかけること」「きづくこと」「声をかけること」「成長を見守り続けること」暖かいまなざしが子どもらしくいられる街を醸成するということでした。
子ども家庭庁 連携支援十か条 https://www.jaswhs.or.jp/images/NewsPDF/NewsPDF_vUEi99s1I7vbMH4Z_2.pdf
子どもの権利条約一覧表 セーブ・ザ・チルドレン https://lp.savechildren.or.jp/hubfs/kennrizyouyaku.pdf?hsLang=ja-jp
講演の中で子どもの権利条約の第31条「子どもには、休む権利、自由な時間を持つ権利、遊ぶ権利があること」について触れられていました。今の日本にはヤングケアラーでなくても忙しくて疲れている子どもたちがいます。大人は減ってきているにもかかわらず、日本の2024年の小中高生の自殺者数が暫定値で527人となり、過去最多となりました。子ども一人ひとりが子どもでいられる社会であることが求められています。

